泳ぐこと。これは私が幼い頃から唯一続けていることである。水泳は自分との闘いのスポーツである。私は水泳と向き合うことで精神的な強さを手に入れた。 私は大会が大嫌いだった。大勢の観客の前で他人と競うこと、タイムや順位が一目で分かることに対して多大なプレッシャーを感じてしまうのだ。スタート台に立つ直前は緊張で心臓が飛び出してしまいそうなほどだった。ある時、通っていたスクールの全国大会に出られることが決まり神戸に行った。そこでは様々な世代の人々の試合が行われており、シニアの方々のレースを目の当たりにする機会があった。七十歳を超えたおばあさんが私よりもずっと長い距離を泳ぎ、泳ぎ終わった後満面の笑みで緊張の渦の中で押し潰されそうだった私を励まして下さった。たった一言、笑顔でね、と。その後の自分の出番で実践をしてみた。名前を呼ばれた瞬間から笑顔で観客に応えてみた。それは何とも心地良い瞬間で、今までの緊張など嘘のように消えてしまったのだ。恐ろしい程落ち着いて臨むことが出来た。小学三年生にして私はレースで余裕を手に入れる方法を学んだのだ。この経験は全国大会だから出来たのであり、シニアの方々との交わりがあったからこそのものだ。様々な年代の人々の笑顔や緊張、余裕や感動を味わうことの出来る大会が心の底から大好きになった。 水泳は飛び込んだ瞬間、無音になる。誰の声も水をかく音さえ聞こえない。泳ぎ切るまでただ無心で水をかくのみなのだ。途中で心が折れてしまいそうになることなど日常だ。しかしその度に私を奮い立たせてくれるのはあの時のおばあさんの笑顔なのだ。自分自身と向き合って打ち勝つ最強の手段は笑顔だ。これは彼女が教えてくれたことである。だから私も年を取っても余裕の笑顔で大会に出ていたい。年齢の壁を越え、全ての人を笑顔に出来るスポーツが水泳なのだ。
「飛び込んだ瞬間、無音になる。誰の声も水をかく音さえ聞こえない。泳ぎ切るまでただ無心で水をかくのみなのだ」といった作者独自の表現を使い、臨場感あふれる作品になっている点が、この作品の最大の魅力です。その点を高く評価する審査員が多く、審査員特別賞に選びました。プレッシャーや緊張感で大会が大嫌いだったのに、「笑顔でね」の一言に励まされて大会が心の底から大好きになったという素直な気持ちを表現しているところが良いですね。審査員の私たちも同じ気持ちで読むことができました。