木々が緑に色づき始める三月下旬。永福町周辺の神田川沿いは買い物帰りの主婦、カメラを構えた青年、ランニング中のスポーツマン、年配の夫婦、犬の散歩中の人、そして塾帰りの私など様々な人でちょっとした賑わいが出来ていた。そして私たちは川のある一点を見つめていた。そこにいたのは、青い美しい羽を持った清流の狩人、カワセミである。 普段のここ周辺の神田川にはもちろんカワセミはいない。自然の多い地域ではあるが、神田川の水はお世辞にも綺麗とは言えず、せいぜいカルガモや白サギがいるぐらいである。しかし、生命が溢れ出すこの季節、この神田川に間違いなくカワセミは来たのである。神田川周辺に住む私たちはその驚きとその羽の美しさに目を奪われ、神田川に集いだした。いつもは人が集まらないところに人が集い、ましてやその目的が一緒となれば、必然的にコミュニケーションが生まれる。私たちはカワセミに対する驚きを語り、そして美しさに感嘆しあった。実際は「こんな神田川に、なぜカワセミが」や「きれいですね」などといった短い会話ではあるが、確かにそこにはまったくの他人とのコミュニケーションが生まれていたのである。 あの美しい青い羽を持ったカワセミは、残念ながら一週間ほどでいなくなってしまった。そして季節は巡り、夏。セミが鳴き、太陽は暑く、そこかしこで生命の力強さが感じられるこの季節。神田川にカルガモの親子が登場したのだ。私たちはまた神田川に集い、少しばかりの会話をする。それは間違いなく、あのカワセミの時の延長線上にあるコミュニケーションだ。永福町の青い鳥は他人とのつながりという幸せを、私たちに運んできたのかもしれない。
「わたしが暮らすまち」は田舎を取り上げた作品が多い中で、大都会の神田川を取り上げたこの作品は、新鮮な感動を与えてくれました。都会であっても、田舎であっても、「それぞれのまちに、いいところがある」ということに気付かせてもらい、楽しく読みました。大都会の中にも自然があり、人と人との触れ合いやコミュニケーションがあるという目の付け所に加えて、素直で読みやすい文章であることも、優秀賞に選ばれた理由です。