36℃の言葉。あなたの体温を伝えてほしい。 2012年度 日本福祉大学 第10回 高校生福祉文化賞 エッセイコンテスト入賞作品集
学長メッセージ
審査員の評価と感想
入賞者発表
第1分野 人とのふれあい
第2分野 あなたにとって家族とは?
第3分野 わたしが暮らすまち
第4分野 社会のなかの「どうして?」
学校賞
 
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入賞者発表
第2分野 あなたにとって家族とは?
最優秀賞 笑顔が見たいから
島根県立松江農林高等学校 3年 安部 海里

 「こんなことさせてしまってごめんな」
 それは、祖父の体を拭いていた時のことだった。初めて見た祖父の涙。私は何も言えない自分に腹が立った。「そんなことないよ」「当たり前のことだよ」言いたいことは沢山あったのに。
 祖父は、私が小学二年生の時に脳梗塞で倒れた。それからは左半身に麻痺が残り、様々な合併症が重なり、倒れてから十年経つ今、“要介護四”の認定を受けている。
 中学三年生のある日、母が突然「あのね、おじいちゃんをうちに連れて帰ろうと思うけど、いいかな」と、私に言った。退院してから施設を転々としていた祖父を見ていて、何とかしたいと思っていた私はもちろん賛成した。幼い頃、どこに行くのも、何をするのも、「おじいちゃんと一緒がいい」と言うほどおじいちゃん子だった私にとって、祖父と一緒に住めるのは、むしろ嬉しいことだった。
 でも、私の家は母子家庭。母は朝から夕方まで働いている。だから、お昼はデイサービスを利用するしかなかった。それでも、土日になると、付きっきりで介護をする母。夜中でも、部屋に鳴り響く呼び出しチャイム、大音量のテレビ、母の疲れた顔、あんなに大好きだった祖父を嫌いになりかけている自分がいた。
 そんな時、祖父のつぶやいた「こんなことさせてしまってごめんな」の一言。祖父を嫌いになりかけた自分が情けなかった。どれだけ体が不自由になっても、どれだけ辛いリハビリをしていても、私が会いに行くと、いつでも笑顔を返してくれた祖父。そんな祖父の笑顔が大好きなのに、一番辛いのは祖父なのに、なぜ気づけなかったのか。
 あの日を境に、私は今まで以上に祖父に話しかけるようになった。でも、認知症の祖父は明日になったら、今日の会話を忘れているかもしれない。それでも私は話しかける。大好きな祖父の笑顔が見たいから。

講評

 第2分野もいい作品がたくさんありました。その中で、この作品はおじいちゃんとの触れ合いの中で感じたことも正直に書かれている点が評価されました。作者の心の変化が読者の心にスッと入ってきて、印象に残る作品です。読み終えた後に、作者のけなげな気持ちに対して、涙が出るくらい感動しました。大変な決心をしたお母さんと、その気持ちを受け止めておじいちゃんと接している作者の気持ち、孫に体を拭いてもらい感謝の気持ちでいっぱいのおじいちゃんの気持ちが文章からあふれており、作者やご家族を応援したくなってきます。また、この作品に読者を引き込んでいく書き出しも、とてもいいと思います。

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