36℃の言葉。あなたの体温を伝えてほしい。 2012年度 日本福祉大学 第10回 高校生福祉文化賞 エッセイコンテスト入賞作品集
学長メッセージ
審査員の評価と感想
入賞者発表
第1分野 人とのふれあい
第2分野 あなたにとって家族とは?
第3分野 わたしが暮らすまち
第4分野 社会のなかの「どうして?」
学校賞
 
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入賞者発表
第1分野  人とのふれあい
最優秀賞 誰かのために〜青いマフラー〜
鹿児島市立鹿児島玉龍高等学校 1年 木田 夕菜

 「お父さん、私のマフラーどこ」
用事を済ませて乗り込んだ父の車の後部座席で私は少し早口で尋ねた。
 「えっ、持って行ったんじゃないのか」
慌てて首を横に振りながら私は、車の中を探し始めた。小学生の頃、母にねだって買ってもらったお気に入りの青いマフラー。出かける時はいつも私なりの巻き方で巻いていた。
 「そうだ。降りるときだ。あの時だ」
四時間ほど前のこと。時間に遅れそうだった私は、集合場所に着くなり、車を降りて駆け出した。きっとその時に、座席に置いたマフラーを外に引きずって落としてしまったのだ。
 「急いで戻って。お父さん、早く」
 急かす私に父は、半ばあきらめ顔で言う。
 「あそこは車や人通りが多いからなあ」
 信号を待つ間ももどかしく、車を降りた場所が見える交差点を曲がった時のことだった。
 「やっぱり道路には何もないぞ」
父の声に私は力なく肩を落とした。その時だ。歩道のガードパイプを見上げた私の目に、風に揺れる青いものが映った。
 「あっ。あったよ。あった。ほらあそこ」
それは、きれいに縦に二つ折りにされ、風で飛ばされないようにガードパイプに結び付けてあった。誰かが道路に落ちていたそれを拾い上げ、後で気付いて取りに来るであろう私たちが気付くようにしてくれていたに違いない。もしそのままだったら、きっと車にひかれていただろう。私はマフラーをいそいそと首に巻き、そして、誰か分からないその人に向けて、深々と頭を下げた。
 決して誰かに感謝されるわけではない。ただ道路に舞うマフラーの向こう側に困っている人を想い、結び付けてくれた。傍目には価値のないものに見えても、誰かにとっては大切なものかもしれない。そう思って行う行動が、顔さえ知らぬ誰かを幸せにしてくれる。
 不思議なことに寒風にさらされていたマフラーには、まだ柔らかな温もりが残っていた。

講評

 力作の多かった第1分野の中でも、審査員全員が高く評価した作品です。会話文がとてもイキイキとしていて、無くしたマフラーを見つけた時の作者の感動がよく伝わってきます。そして、風に揺れる青いマフラーの情景が目の前に浮かんでくるような描写力が、この作品の魅力をいっそう高めています。
「きれいに縦に二つ折りにされ」「深々と頭を下げた」といった作者独自の表現も文章にアクセントを添えていて、いいですね。日常のささいなできごとを取り上げながら、事実と作者の気持ちをバランス良くまとめており、まさに「エッセイ」と呼ぶのにふさわしい作品だと思います。

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