36℃の言葉。あなたの体温を伝えてほしい。 2009年度 日本福祉大学 第7回 高校生福祉文化賞 エッセイコンテスト入賞作品集
学長メッセージ
審査員の評価と感想
入賞者発表
第1分野 人とのふれあい
第2分野 あなたにとって家族とは?
第3分野 わたしが暮らすまち
第4分野 社会のなかの「どうして?」
学校賞
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入賞者発表
第4分野 社会のなかの「どうして?」
優秀賞 受け入れているのはどっち?
盈進高等学校 3年 井上 僚

 先日、地元中学校に入学を拒まれていた車いす生活の12歳の女の子が、裁判で勝訴し、希望の中学校に通えるようになったというニュースを聞いた。テレビに映った彼女は、小学校時代の友だちといっしょに学校生活を送ることができるので、とても嬉しそうだった。町教育委員会の言う入学拒否の理由は、事故の可能性があるということだった。
 どうしてだろうか。行政は、「事故の可能性があるから入学できない」ではなく、「学校生活が送られるように、できるだけ事故を防ぐ環境を整える」ことがその役割ではないかと思う。私たちの社会は、「できないこと」を数えるのではなく、「できる可能性」を探る視点を持つべきだ。
 私は学校でボランティアクラブに所属している。先日、クラブ活動の一環で、地域住民にも開放した学習講座を主催した。私のクラブの先輩で生まれつき手足の指が二本ずつという障害のあるY先輩とご家族をお招きしてその人生をお聞きした。Y先輩は現在、自動車販売会社を経営する社長であり、とても明るく元気である。ご両親もY先輩を厳しく育ててきたという。Y先輩が高校生の時である。将来について悩み始めたときに、父親に置き手紙で尋ねた。「自分が生まれたときの気持ちを教えて欲しい」。手紙にはこう書かれていたという。「死のうと思った。でも、おまえの目がきりっとたくましい目だったのでやめた」。それを聞いて、私の目に涙が流れた。と同時に、障害のある人が苦痛を感じなければならない社会の責任を感じた。
 私の祖父の家にはKちゃんというおじさんがいる。彼は、ヒ素ミルク事件の被害者で、言葉を上手く話すことができない。私はKちゃんが大好きで、幼い頃からよく遊び、その関係は現在も変わらない。
 私はクラブ活動で地域の老人ホームや知的障害者施設等も訪問している。私たちが彼らを受け入れるのではなく、彼らが全身で私たちを受け入れてくれているといつも思う。

講評

 具体的な例をいくつも交えながら、作者が「どうして?」と疑問を持った気持ちがうまく表現されています。「死のうと思った。でも、おまえの目がきりっとたくましい目だったのでやめた」という父親の言葉や「私たちの社会は、『できないこと』を数えるのではなく、『できる可能性』を探る視点を持つべきだ」といった作者の主張が印象的に使われており、このエッセイの魅力を高めています。一点だけ気にかかった点を指摘すると、「Kちゃんというおじさんがいる」と書かれていますが、おじさんという目上の存在ですから、「周りの人からKちゃんと呼ばれているおじさんがいる」と変えた方がよいのではと思いました。

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