「お願いします。」そう言ったのは、七十代のあるお爺さんでした。私はその日、学校の調べ学習をする為に、友達と駅に行っていました。駅前を通った時、私達はそのお爺さんに出会ったのです。 お爺さんは、鞄からハガキを一枚取り出し、「ごめんね。裏に書いてくれるかな?」と言いました。私は書くべき内容を聞き、一言一句間違えないように注意して書き取りました。 私が書いている間、お爺さんは自分の事を話してくれました。お爺さんは、二十五年間入院生活を続けているのだそうです。この日は外出許可を貰い、駅前に来たと言います。 話が終わると、お爺さんはハガキに私達の名前を書いて欲しいと言いました。不思議に思ったものの、お爺さんが悪い人とも思えなかったので、自分の名前を書き、ポストに入れました。お爺さんは「ありがとう。これで病院でも頑張れるよ。」そう言って、何度も私達におじぎをしました。 あー、そういう事か。その時、私は全てを理解しました。お爺さんは自分が誰かに手紙を出したかったのではなく、手紙を自分に出して欲しかったのです。ただ、何か支えになるものが欲しかったのではないでしょうか。そう考えた時、なんて馬鹿なのだろうと思いました。早くお爺さんの真意に気づいていれば、自分の言葉で、応援やお見舞いの言葉を書く事ができたのに……。私は自分に腹が立ちました。それでもあのお爺さんが、私が書いたハガキを喜んでくれた事は、私にとっても本当にうれしい出来事として心に残りました。 あのお爺さんは、今でも元気で暮らしているのでしょうか。ハガキはちゃんと届いたでしょうか。人は人を求めます。一人で暮らしていても、家族と離れていても、友達とケンカしても人は人を求めます。この日出会っただけのお爺さんと、ハガキを介してふれ合いをした事……私はこの出来事を忘れる事ができません。
お爺さんから言われるままにハガキの裏面を書き、自分たちの名前を書いて出すという不思議な経験を、面白く読みました。よい経験をしましたね。このエッセイには書かれていませんが、「お爺さんに言われて書いたのは、どんな内容だったんだろう?」と興味を持ちました。その内容が書かれていると、もっと話に厚みが出たのではないでしょうか。そして、一緒にいた友達の反応ですが、その友達がどう感じ、どんな表情で、どんな言葉を話したかを書くと、具体性が増してさらに良くなったと思います。